それは30年前に始まりました…

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さてさて今年も日本GPをTV観戦。
今年も現地には行けなかったっス
(ーー;)

それでも中々見応えのあるレース。
やっぱり何年たっても鈴鹿をF1が駆け抜ける姿は心の熱くなる部分を鷲掴みにしてくれます。
世代のせいなんでしょうかね
♪( ´▽`)


そんな世代の秋の郷愁を直撃する愛読誌の最新刊

GP Car Story Vol.17 Lotus99T
バブルF1世代の方々には堪らないキャメルイエローのロータスです。
第2期のホンダF1活動において又日本のF1ブームに置いて「ある」ターニングポイントになった一台として取り上げられております。



当時、いよいよ快進撃を始めたホンダF1が
'80年代の後半から'90年代の前半におけるF1の象徴とも言えるアイルトン・セナ選手と邂逅を果たし、その後の蜜月を過ごす最初のマシン。
そして日本人初のフルタイムドライバー 中嶋悟選手初の愛車。
そんな新陣容で挑んだ新シーズンはフジTVによる全戦放映の元年。そして鈴鹿サーキットで初の日本GP…
確かにホンダエンジンをトップエンジンに引き上げたのはウイリアムズですし無敵伝説を完成させたのはマクラーレンで、その活躍がバブルF1時代のクライマックスだったと思うんですけど、実は成績的には苦戦続きだったロータス・ホンダが日本のF1ブームに果たした役割は大きかったんだと思います。



…とか知った風な事を書いておりますが、毎回告白しております通りF1をしっかりフォローし始めたのは'89年からで、'87年はタイミングが合ったら見る事もあった位にF1への興味は低め…
ロータスって黒(JPSカラー)じゃねぇの?
^^;

と山吹色のクルマを観て思っておりました。


そうしたら本書のインタビュー記事において、伝統のJPSカラーのロータスとホンダのタッグに当のホンダが大いに魅力を感じていたと語られておりました。
確かに黒い車体に金色のストライプで「POWERED by HONDA」とあしらわれていたら車体の出来云々関係無く速く走りそうです。


そんな99T、もう一つの側面…技術的な意義としてF1をフルシーズン走り抜いたフルアクティブサスペンション搭載車だったと言うことがいえます。
電子制御と油圧技術によって車高を自動調整して空力を効率化する所謂ハイテクと呼ばれる技術。'87年当時ではまだまだ開発途上のシステムで結果1年限りでお蔵入りしてしまいライバルチームのウイリアムズによって完成を見るのは後年の話。


本誌は、起死回生を狙ってアクティブサスを導入するロータス。
自らを取り巻く環境を盛り上げるべくアイルトン・セナ選手とタッグを組み、同時に中嶋悟選手をF1へ送り出したホンダと2人のドライバーの思い。
更には'87年の日本GPにおいてロータス×セナの走りに衝撃を受けた佐藤琢磨選手のインタビューまで…


盛り沢山過ぎてもう大変。
^^;


秋の夜長の楽しい読書の時間が始まりました。
お供は
夏にお安く手に入れたセコハンのミニカー。


盛り上がり過ぎて

中嶋悟選手の写真を撮り続けられた金子博さんが当時自費出版された写真集まで引っ張り出してしまいました。


堪能しております!
d( ̄  ̄)

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