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また一日穏やかならばそれで良い

日々平穏、お気楽極楽な生活を送る四十路男子。 そんな私、クマ社員が振り回されてる雑多な趣味や出来事、数少ない友人達をお気楽に日記にしたためてみたいと思っています。

既に四半世紀…

めでたく新元号を迎えました、更に世間様は10日間の大型連休!

沢山の人がお祝いモードで過ごしてらっしゃる事と思います。
クマはと言えば今年は飛び石連休
「仕事して仕事して休み~!仕事して休み~!」
な過ごした方しております。


そんな中迎えた5月1日。
ちょっと平成の事でもモゴモゴと日記に認めてみようかなとか思っていたら、F1公式からこんな動画がアップされておりました。

1994年5月1日 シーズン第3戦サンマリノグランプリ決勝レース中の事故でアイルトン・セナ選手が亡くなって25年が経ちました。


昭和から平成へ移り変わる1980年代の終わり、国内自動車メーカーのホンダが日本では余り知られていなかったF1グランプリにおいてエンジンを提供したチームが勝利を挙げて日本のモータースポーツファンの間で話題となりました。
まだまだ日本ではマイナースポーツだった頃のF1。ホンダは次なる一手としてエンジンの2チーム供給を決定。2チーム目のパートナーとしてチームロータスを選び、日本人ドライバー中嶋悟選手を送り込むと同時に当時新進気鋭の若手ドライバーだったアイルトン・セナ選手を陣営に加える事となりました。


ヨーロッパ文化が強いF1に挑戦するホンダと強豪ドライバーに果敢に挑むセナが共に戦う姿はモータースポーツファンを惹きつけ、2年目に両者とマクラーレンがタッグを組み常勝チームを創り上げると一般の人にも熱狂が広がりブームになります。
今では信じられないと思いますけど、それこそ大人から子供まで性別も問わずセナファンがF1グッズを身につけ応援し、独占中継を行っていたフジテレビ以外のテレビ局でもF1のニュースが流れる…そんなバブリーな熱狂時代があったんです。
そのブームの中心としてマールボロカラーのマシンと赤いレーシングスーツにカナリアカラーのヘルメットはアイコンとしてバブル時代のF1とセットで君臨していました。
その後、中嶋選手の引退、ホンダの活動休止を経て緩やかに熱が冷めていったF1ブームは25年前のこの日唐突に終わりを告げてしまいます。


今の若いF1ファンの方からしたら、そもそもF1の情報がメインに扱われている媒体が少なくて2~3戦のレース結果をまとめて知ったりするのは当たり前な時代やワンレグ&ボディコン(何のことかわからないだろな…)の一見モータースポーツと縁遠そうなお姉さん達ですらアイルトン・セナを話題を楽しそうに話してた時代があったなんて理解して貰えないだろうな…とか思ってしまいます。

平成元年・1989年からF1を本格的に観戦しだしたクマ。以後平成をF1と共に過ごして来たことになります。
あのブームがあったから今でも応援し続ける事が出来ているのかな?と思うとあの狂乱にも感謝してしまいす。
そしてあの日から25年も時が過ぎていた事にも驚きながら令和の始まりを迎えた…


そんな与太話でございました。
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