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また一日穏やかならばそれで良い

日々平穏、お気楽極楽な生活を送る四十路男子。 そんな私、クマ社員が振り回されてる雑多な趣味や出来事、数少ない友人達をお気楽に日記にしたためてみたいと思っています。

聖地鈴鹿が2世対決決着の地へ

前回から続いてF1ネタ
毎年、この時期になると日本GPに因んだクルマを紹介してくれる愛読誌。今回も懐かしい一台を紹介してくれました。

GP Car Storys Vol.29 ウィリアムズFW18・ルノー


再建に全力を注ぐイギリスの老舗チームやフランスのエンジンメーカーへのエールなのか、日本人大注目のホンダ搭載チームで辣腕を振るうカリスマデザイナーの若かりし頃の仕事を振り返ったのか…
とにかく日本GPでチャンピオンを決したのがこのマシン。ウィリアムズ・チーム目線の時系列で言うと最大のライバル、ベネトンのミハエル・シューマッハ選手にドライバーチャンピオンを2連覇された翌年、覇権奪還を期した1996年シーズン。
ウィリアムズが用意したマシンは破れはしたものの完成度の高かった前年型の正常進化版。前年モデルからトレンドに則って空力やメカニカルなデザインを熟成させた堅実な一台でした。
駆るのは雪辱に燃えるデーモン・ヒル選手、そして新人にして前年度インディ・チャンピオンのジャック・ビルヌーブ選手。
期せずしてグラハム・ヒル選手とジル・ビルヌーブ選手と言うレジェンドドライバーの2世コンビで挑む事になりました。


ところが、話題豊富なウィリアムズ陣営なのにも関わらず話題を掻っさらったのはチャンピオンを獲得しながらもベネトンから名門フェラーリに移籍したミハエル・シューマッハ選手。シューマッハと入れ替わる形でベネトンへ移籍したジャン・アレジ選手&ゲルハルト・ベルガー選手の元フェラーリデュオもメルセデスエンジンを迎え新体制に移行したマクラーレンでも無く「シューマッハは名門とは言え落ち目のフェラーリで勝つ事が出来るのか?」と言うのがシーズン前の話題になってしまいます。
そんな'96年シーズン。開幕戦でジャック・ビルヌーブ選手がデビュー戦でポールポジションを獲得する鮮烈なデビューで幕を開けます。
レースではマシントラブルでチームメイトのヒルに優勝を許してしまいますけど、この一戦でジャック推しとなった方が当時は多かったと思います。


かく言うクマもその1人
(*´ー`*)

ドライバーとしてはドライビングにも言動にもムラのあるキャラクターで圧倒的な指示は受けられませんでしたが、ライバル不在と思われたヒルにシーズンを通して対抗できた事はF1関係者やファンからも軽視されがちだったインディ上がりのドライバーとして充分以上の存在感を示したと感じております。


これ以上語ると鬱陶しいだけなので、詳しくは本誌をご覧頂きたい所ではありますが、本誌恒例の何故かF1界の旬な話題を暗示してしまう現象は今回も健在。
勝ちきれないエースを若手新鋭のチームメイトが脅かす…



セバスチャン・ベッテル選手とシャルル・ルクレール選手の関係そのまんま
(; ̄ェ ̄)




結果この'96年シーズン、チャンピオンは獲れたにも関わらず新人への苦戦振りに評価を落としヒルはウィリアムズを離脱します。


不吉過ぎるでありますって
( ̄▽ ̄;)

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クマ的「日本GP観戦」2019

さてさて
台風で夏の名残りが吹き飛ばされたかのような東京です。
すっかり涼しくなった秋。と言えばF1の日本GP。



台風の影響で通常とは異なる開催となってしまった様ですが、今年も多くのファンで鈴鹿サーキットは賑わったご様子。








実はね…クマも行く気満々だったんですよ
(; ̄ェ ̄)



今年のF1。
クマ的には、昨年後半から不振という名の湯船に肩まで浸かっていつまで経っても上がって来ない押しドライバーことセバスチャン・ベッテル選手。
今シーズンも優秀な座付き作家が居るんじゃねぇのか?と疑いたくなる位の負けっぷり。
挙げ句の果てには新しくチームメイトに迎えた新鋭シャルル・ルクレール選手に先行を許す様になって「引退近し」とか騒がれる始末…



観てて辛くなっちゃうって
( ̄◇ ̄;)




そんなこんなもあってTV観戦はしていたんですけど必要以上に情報を仕入れる事も無く今シーズンを傍観しておりました。
それでも日本GPの現地観戦へのモチベーションは衰える事なく色々算段しておりましたが…



台風と共に吹き飛んでしまったであります
(−_−;)




まあ、仕事の兼ね合いで土曜日の夜名古屋入りして日曜日のみ観戦という計画にそもそも無理があったわけでして…
しょうがないと諦めて日曜日の予選&決勝ワンデー開催をTVで楽しもうと決め込んでおりました。

F1速報 日本GP


ところがね、我が推しドライバー事セバスチャン・ベッテル選手が午前中の予選でコースレコードのトップタイムを叩き出したら居てもたっても居られなくなってしまいました。
そこで、急に思い出したのがとあるパブリックビューイング


思い立ったが吉日とばかり、復旧しだした電車を乗り継いで

青山のホンダ・ウェルカムプラザ
今年はホンダエンジン搭載のレッドブルが好調なのもあって盛況なんだろうなとイベント情報もスルーしておりましたけど、1人でTV観戦より大勢の歓声と共に楽しみたくなってしまった初老さん

無事座席整理券も頂戴して

PV観戦と相成りました。



レース的にはポールスタートのベッテルがスタートミスして全て決まってしまった感があります。
ホンダ的にもスタート直後のマックス・フェルスタッペン選手のクラッシュでドンよりしてしまいましたが、集まっている殆どがレース好きだったらしくてコースで繰り広げられる様々なバトルに歓声が上がり続けて楽しい雰囲気。



現地観戦からしたら残念なスタイルではありますがそれなりに堪能出来ました。
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それでも2連覇おめでとう!


初夏の清々しい札幌から梅雨真っ最中の東京に戻って来て毎日バタバタと働いております。
急用で3泊もしてしまったのでパートの身分的には、その分取り返していかないといけないので頑張って労働に勤しんで来ます。


そんな北海道ツアーのお供はコチラ

RACERS 外伝TOYOTA GT-One
ちょっとでもモータースポーツに興味がある方には有名な一台。昨年、長年の悲願だったLe Mans24時間耐久レースの制覇を果たしたトヨタが1990年代の最期に放ったル・マンチャレンジャー。
タイミング的には今年のル・マンに合わせ2連勝を応援する意味も込めた刊行だったと思われます。


ところが、「RACERS」と言うのは2輪の競技車両をディープに解説してくれる雑誌で今回はその外伝となっています。
2輪の特集本に4輪って…
σ(^_^;)
そんな一冊なんですけど、実は刊行される経緯が中々変わっていて興味深い一冊だったりもします。


で、主役たるTOYOTA GT-One
日本では「TS020」と言う形式名が有名。製作しレース運営したのはトヨタのヨーロッパ法人TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)、デザイナーはアンドレア・デ・コルタンツさん。プジョーのレース部門でラリーやル・マン優勝車をデザインされていてトヨタからの招聘を受けこのモデルをデザインされました。
「詳しくは本書を!」な訳ですが、このコルタンツさん

以前日記に認めたバイク界のオーパーツとも言える「モト・エルフ」の発案者にしてデザインしたご本人であらせられます。
同誌のモト・エルフ特集号にてコルタンツさんがインタビューに応えていらっしゃったんですけど、自身のキャリアを語る際に1番印象的な仕事として挙げたのがこのTOYOTA GT-One。インタビュー中に「是非、TOYOTA GT-Oneの本も作って欲しい」と発言までされていて本誌のきっかけとなっている様です。
クマ的には、少し複雑な感情渦巻く一台です。



当時、耐久レース車両規定にGT1というクラスがありました。
簡単に言うと市販車の改造範囲をとても広くしてコストの低減と参加車両の増加を狙った規定でした。スパルタンなレース車両なのに市販車のイメージを残したデザインの落とし所がクマには絶妙でメーカー関係無く見ていて面白いクラス。
自動車メーカーも興味を示してちょっと面白い事になりそうな期待があったGT-1でしたが、ベース車両の基準を「公道走行可能なモデルが1台あればOK」だった事が災いし、レース用に開発されたクルマに保安部品を取り付けて公道車両に仕立てて規則をすり抜けるメーカーも現れ始めクラスの存在意義が揺らぎ出してしまいました。


そんな時期にクラス消滅のとどめを刺すかのように発表されたのが市販車のイメージを微塵も感じさせないTOYOTA GT-One。

コレが

こう…
ナンバー付けたら公道走れるそうなんですけど…



なんでしょう
満を持して放たれた必殺技が大人気なさ過ぎて一気に正気に戻された感じ
σ^_^;



結果、ファンや関係者から賛否両論様々な意見が寄せられましたが規則的には問題無くル・マン24時間本戦に出場!しましたが、トヨタ会心の一撃、実は出場したレースで一度も勝つ事が出来ませんでした。


なんともトヨタらしいって言うかなんて言うか…
^^;




そんな事もあって、クマ的には微妙一台。
とかなんとか言いながらお台場で実車見かけてバシャバシャ写真撮りまくっていた過去がある初老ミーハーグマだったりもします。


このクルマは、なんと言っても「皆んな大好き片山右京」こと片山右京選手がF1引退直後にドライブしたクルマ。
1999年のレースではトップのクルマを追い回して2位表彰台を獲得。片山選手がこのクルマで見せた活躍が世界的に評価されたのはファンとして胸のすく思いでした。


20年後、見事ル・マンを制したトヨタ。
20年後のクマは相変わらずトヨタ車の勝利よりドライバーの中嶋一貴選手の2連覇に胸を熱くしておりますが…


めでたいよね~!
(≧∀≦)

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これぞモーターレーシング!

ちょっと鮮度が大事なニュースなので書きかけの与太話そっちのけでお送りしたいと思います。




…筆が遅いのも棚に上げております
^^;



さてさて
F1第9戦オーストリアGPにて、ホンダエンジンを積むレッドブルレーシングのマックス・フェフスタッペン選手が優勝!

(拝借しております
ホンダの第4期F1活動初勝利!
復帰初年度から信頼性とパフォーマンス不足でこき下ろされ続けたホンダが4年目にして優勝を飾る事が出来ました。


…随分な遠回りでしたが
( ̄◇ ̄;)




ま、ホンダのF1活動には面倒くさいファン気質で接しているクマなので特別大喜びした訳ではありません…




…とか言ってるクセに青山一丁目(ホンダ本社さんの最寄駅)で途中下車してんじゃん
σ^_^;



いや、ホラ

前夜の余韻をね…
^^;


確かにホンダエンジンが勝利を挙げた事もありますが、今回のオーストリアGPのレース展開が久々に見所満載なレースだったので嬉しくなってしまいました。
今シーズンはマシンの完成度もドライバーの成熟度もタイヤとのマッチングでもメルセデスが図抜けてしまいチャンピオン争いでも独走状態になりつつあります。対抗馬の筆頭候補だったフェラーリのセバスチャン・ベッテル選手とチームの不振もあって楽しむポイントを探すのに苦労するシーズン。


そんな中、メルセデスが珍しくコースとの相性に苦労する中、スタートで出遅れてしまったマックス・フェフスタッペン選手がドライビングとマシンパフォーマンスとチーム戦略を駆使して怒涛の追い上げ、ゴール間近での逆転優勝を果たします!
コレはエンジンメーカーぎ何処とか言う以前に見応えのあるレース。F1好き…クルマを使ったチームスポーツと言われるモーターレーシングを愛好する者にとってファン冥利に尽きる面白さだったと思います。


良いモン観れたわ~!
(*´∀`*)

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そんな平成の振り返り方

例の如く…

F1速報 スペインGP
スペインGPにおいてもフェラーリが一切ピリッとする事なくメルセデスに完敗を喫しておりました
( ̄▽ ̄;)


もうデフォなんで、応援の言葉をひり出しても我ながら痛々しいのでグダグダ言わずに黙って応援しようと心に誓ったライト層なティフォシグマだったりします。


そんな現状とは裏腹に愛読誌が特集したのはコチラ

GP Car Story Vol.27 Ferrari640
1989年、ターボエンジンが規制され自然吸気エンジンへの回帰元年に名門跳ね馬がGPシーンに打ち出した革新要素てんこ盛りな一台です。
特に語られる事が多いのは、クラッチ操作を行わずにステアリングの裏にあるスイッチによってステアリングから手を離す事なくシフトチェンジが行えるセミオートマチックトランスミッション。
それまで、加速中やコーナーを曲がる時にエンジンの回転数を合わせてクラッチを切ってハンドルから片手を離してコクピットの脇にあるシフトノブを操作してギアチェンジを行なっていました。
セミオートマチックは最近の乗用車では当たり前になったオートマチックトランスミッションの様に制御されたエンジンのギヤチェンジだけをドライバーに操作させると言う技術で現代のレース車両には標準装備となっています。


ところが、以後のF1の技術を書き換えるこの新技術は革新的な操作性だけでは無く車体デザインの要求も多分にあって開発されたものだったそうです。
この時期、ターボ禁止によって失われるパワーの替わりに車体を流れる空気の力で性能向上を図るべくF1の車体デザインは色々な所が絞り込まれて行きます。特にコクピット周りはドライバーが乗り込めるギリギリまで絞られてしまいます。車体デザイナーによっては自チームのドライバーの体格をキッチリ採寸してミリ単位のデザインを行ったそうです。そんな状況でデザイン上邪魔だったのはドライバーの右脇にあるシフトノブ。乗用車のシフトレバーに比べれば遥かに短く取り回しもコンパクトでしたが、前後左右に操作する必要があるためどうしても場所を取ってしまいデザインによってはスペースを確保するためにマシンのコクピット外側にコブの様な膨らみを設けているものが少なくありませんでした。
フェラーリはこの問題を解決する事も念頭に置いてセミオートマチックトランスミッションを開発したと言われています。




ただ、革新的過ぎて信頼性に欠け故障が多発してしまったのでチャンピオンまで上り詰める事は出来ませんでした。
フェラーリがそんなリスクを冒したのも

GP Car Story Vol.21 McLaren MP4/5
前年度無敵を誇ったマクラーレンホンダに対抗する為。
ウィリアムズで「勝てる」ドライバーとして覚醒したナイジェル・マンセル選手と若手筆頭だったゲルハルト・ベルガー選手を擁し挑んだ’89年シーズンは開幕戦を含め3勝しマクラーレンホンダに脅威を感じさせる事には成功しました。


そして、同一チームでライバルと対する事から跳ね馬を駆ってマクラーレンとセナを破る事にしたアラン・プロスト選手が翌年移籍する事によってこの対決はピークを迎えます。
そんな平成元年に繰り広げられたマクラーレン・ホンダ対フェラーリ。
後々、自身の伝統にからパワーは出るけど大きく重いV12エンジンに拘った両チームはV10というパワーとサイズのバランスに優れたエンジンを使うルノーに敗れる事になります。
エンジンに関して同じ様な哲学を持つ両チームのバトルが激し過ぎた為にルノーの飛躍に対処が遅れたのだとしたら、平成元年となるこのシーズンの持つ意味がまた一つ深くなっていく様な気がします。


ま、大層な事言ってますけど平成元年なんて言えば
中継の画面に中嶋悟選手が映る度にギャーギャー騒いでただけのミーハーグマだったんですけどね
( ̄▽ ̄;)

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