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また一日穏やかならばそれで良い

日々平穏、お気楽極楽な生活を送る四十路男子。 そんな私、クマ社員が振り回されてる雑多な趣味や出来事、数少ない友人達をお気楽に日記にしたためてみたいと思っています。

2020年3月13日

今年もF1開催!
そんな日記を認めるつもりでした。ところが

開幕戦開始直前、金曜日の朝にグランプリの開催キャンセルが発表されました。


2011年、アラブの春と呼ばれた革命により中止になったバーレーン以来の事態となってしまいました。
2001年、同時多発テロから3週間のアメリカGPを開催した事があるF1サーカスでも今世界を脅かす問題を無視出来なかったのではないかでしょうか。


クマ的には楽しみが先に伸びただけと思い直し。
あいも変わらず事態が1日も早く終息に向かう様自分が出来る事を努力して行こうと思う次第です。




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熱量高めで鬱陶しい独言であります

2019年シーズンのF1もフェラーリの大敗で無事幕を閉じました
(−_−;)


本当、例年に無く観てるのが辛いシーズン…
それでも、また来年も変わる事なくレースを楽しんでしまうんでしょう…クマは



そんなこんなで辛過ぎる今シーズンの結果からは目を背け古き良き時代の思い出に漂いましょう!

GP Car Story Vol.30 McLaren MP4/8
多分、このMP4/8に対してF1ファンが持つイメージは、雨のドニントンを始めマシン性能で勝るプロスト&ウィリアムズに敢然と挑むセナを象徴する一台だと思います。
しかしながら、ホンダエンジンを失い低迷が予想されて居たのにも関わらずMP4/8はネタの宝庫とも言えるクルマで、このクルマを巡って様々な出来事が巻き起こりました。
そしてそんな出来事の数々に'93年以降四半世紀を超えてもクマがF1に魅了されてやまない何かがあると感じていてこのMP4/8にはちょっとした思い入れがあったりします。


マクラーレンと言う老舗チームはF1随一の「戦闘集団」であると共にエンジンメーカーへの要求も強く、エンジン供給以上の厚遇を強く求めてしまうチームなんだと思います。


事の起こりは1992年のシーズン終盤、ホンダのF1活動休止決定から始まります。
マクラーレンは翌シーズンのエンジンとしてライバルチームのウィリアムズとタッグを組んでホンダエンジンを打ち負かしたルノーを所望し、セナはそのウィリアムズのシートを熱望。


分かりやすい
^^;



結局、ウィリアムズが難色を示してマクラーレンはルノーエンジンを載せる事が出来ず、1年間の休養を経てアラン・プロスト選手がウィリアムズから復帰する事になりセナも移籍を断念…。そんな、異常事態から今回のMP4/8を巡る物語はスタートします。
結果マクラーレンが入手したのは小規模プライベートチームの味方とも言えるフォード・コスワース製V8エンジン。当然、ホンダのV12やルノーのV10エンジンと比べると非力と言われているエンジン。それでも、ライバルのベネトンが積むワークスエンジンの型落ちを積む事が出来たのは「マクラーレン」と言うブランドだからでしょうか
そんなパワー的に苦戦が予想される状況下でこれまで注力されていなかった車体の開発が行われる様になりました。
本誌では「セナ&MP4/8」よりも「マシンの成り立ち」への比重が大きく、技術担当者や空力デザイナー、現場のエンジニアやチームマネージャー達当時のスタッフへのインタビューが行われてます。
しかも、どのスタッフのインタビューでも共通して「エンジン変更によるマシン開発の経緯」「ハイテク装備の開発」そして「翌シーズンへ向けたエンジン選定」と「ドライバー」に関してコメントを求めています。
それぞれのコメントはお互いの立場の違いがあって全ての答えが揃っているわけでは無いんですけど、読み進めて行くと当時チームが抱えた事情や思惑が透けて見えて読み応有りです。


長年良好な提携関係にあった(一説によるとそれ程一枚岩ではなかったようですが)ホンダ・エンジンを失ったマクラーレンが足りない部分を補う為に再度その技術力を発揮しつつ、色々なエンジン・メーカーに色目を使い過ぎてドタバタしてしまったり…。
「チーム=シャーシ製造者」が基本のF1において、エンジンメーカーの変更と言うの大きな変化点だし、それを取り巻く話題はとてもワクワクしてしまう…F1らしい面白味です。


そしてMP4/8、ミカ・ハッキネン選手がマクラーレンに所属して最初に乗ったクルマだったりします。
'93年、マクラーレンでの初戦を迎えたのはシーズン終盤のポルトガルGP。
いきなり予選でエースのセナを上回ったハッキネンがレースで見せたパフォーマンス、スタートで飛び出したジャン・アレジ選手のフェラーリをギャンギャンに追いかけ回す展開は本当に痺れました。


こんなレースが観れるから堪らない!
(*´꒳`*)



この後、マクラーレン&ハッキネンそしてセナはそれぞれの道を歩みますがそれはまた別のお話。
MP4/8、このクルマからチームは大きな変革に晒されて行く…そんな成績と共に記憶にもグッさり突き刺さっている一台でありました。


そして、毎回編集意図とは別に(意図しているのだとしたら凄過ぎます)何かを暗示してしまうんであろうこのシリーズ。
今回は、今シーズン後半に調子を上げて来たマクラーレンが2021年シーズンへ向けてメルセデス陣営に出戻る事を示唆していたのでしょうか?
レーシングチームとしては一流なんだけど、エンジンメーカーの強力なサポートを欲し過ぎて迷走してしまう…みたいな。
ま、結果に関しては再来年のシーズンまで待たなければいけませんけど…
(^◇^;)




あとドライバーで揉めりゃ完璧なんだけどな
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聖地鈴鹿が親子2代対決の場へ

前回から続いてF1ネタ
毎年、この時期になると日本GPに因んだクルマを紹介してくれる愛読誌。今回も懐かしい一台を紹介してくれました。

GP Car Storys Vol.29 ウィリアムズFW18・ルノー


再建に全力を注ぐイギリスの老舗チームやフランスのエンジンメーカーへのエールなのか、日本人大注目のホンダ搭載チームで辣腕を振るうカリスマデザイナーの若かりし頃の仕事を振り返ったのか…
とにかく日本GPでチャンピオンを決したのがこのマシン。ウィリアムズ・チーム目線の時系列で言うと最大のライバル、ベネトンのミハエル・シューマッハ選手にドライバーチャンピオンを2連覇された翌年、覇権奪還を期した1996年シーズン。
ウィリアムズが用意したマシンは破れはしたものの完成度の高かった前年型の正常進化版。前年モデルからトレンドに則って空力やメカニカルなデザインを熟成させた堅実な一台でした。
駆るのは雪辱に燃えるデーモン・ヒル選手、そして新人にして前年度インディ・チャンピオンのジャック・ビルヌーブ選手。
期せずしてグラハム・ヒル選手とジル・ビルヌーブ選手と言うレジェンドドライバーの2世コンビで挑む事になりました。


ところが、話題豊富なウィリアムズ陣営なのにも関わらず話題を掻っさらったのはチャンピオンを獲得しながらもベネトンから名門フェラーリに移籍したミハエル・シューマッハ選手。シューマッハと入れ替わる形でベネトンへ移籍したジャン・アレジ選手&ゲルハルト・ベルガー選手の元フェラーリデュオもメルセデスエンジンを迎え新体制に移行したマクラーレンでも無く「シューマッハは名門とは言え落ち目のフェラーリで勝つ事が出来るのか?」と言うのがシーズン前の話題になってしまいます。
そんな'96年シーズン。開幕戦でジャック・ビルヌーブ選手がデビュー戦でポールポジションを獲得する鮮烈なデビューで幕を開けます。
レースではマシントラブルでチームメイトのヒルに優勝を許してしまいますけど、この一戦でジャック推しとなった方が当時は多かったと思います。


かく言うクマもその1人
(*´ー`*)

ドライバーとしてはドライビングにも言動にもムラのあるキャラクターで圧倒的な指示は受けられませんでしたが、ライバル不在と思われたヒルにシーズンを通して対抗できた事はF1関係者やファンからも軽視されがちだったインディ上がりのドライバーとして充分以上の存在感を示したと感じております。


これ以上語ると鬱陶しいだけなので、詳しくは本誌をご覧頂きたい所ではありますが、本誌恒例の何故かF1界の旬な話題を暗示してしまう現象は今回も健在。
勝ちきれないエースを若手新鋭のチームメイトが脅かす…



セバスチャン・ベッテル選手とシャルル・ルクレール選手の関係そのまんま
(; ̄ェ ̄)




結果この'96年シーズン、チャンピオンは獲れたにも関わらず新人への苦戦振りに評価を落としヒルはウィリアムズを離脱します。


不吉過ぎるでありますって
( ̄▽ ̄;)

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クマ的「日本GP観戦」2019

さてさて
台風で夏の名残りが吹き飛ばされたかのような東京です。
すっかり涼しくなった秋。と言えばF1の日本GP。



台風の影響で通常とは異なる開催となってしまった様ですが、今年も多くのファンで鈴鹿サーキットは賑わったご様子。








実はね…クマも行く気満々だったんですよ
(; ̄ェ ̄)



今年のF1。
クマ的には、昨年後半から不振という名の湯船に肩まで浸かっていつまで経っても上がって来ない押しドライバーことセバスチャン・ベッテル選手。
今シーズンも優秀な座付き作家が居るんじゃねぇのか?と疑いたくなる位の負けっぷり。
挙げ句の果てには新しくチームメイトに迎えた新鋭シャルル・ルクレール選手に先行を許す様になって「引退近し」とか騒がれる始末…



観てて辛くなっちゃうって
( ̄◇ ̄;)




そんなこんなもあってTV観戦はしていたんですけど必要以上に情報を仕入れる事も無く今シーズンを傍観しておりました。
それでも日本GPの現地観戦へのモチベーションは衰える事なく色々算段しておりましたが…



台風と共に吹き飛んでしまったであります
(−_−;)




まあ、仕事の兼ね合いで土曜日の夜名古屋入りして日曜日のみ観戦という計画にそもそも無理があったわけでして…
しょうがないと諦めて日曜日の予選&決勝ワンデー開催をTVで楽しもうと決め込んでおりました。

F1速報 日本GP


ところがね、我が推しドライバー事セバスチャン・ベッテル選手が午前中の予選でコースレコードのトップタイムを叩き出したら居てもたっても居られなくなってしまいました。
そこで、急に思い出したのがとあるパブリックビューイング


思い立ったが吉日とばかり、復旧しだした電車を乗り継いで

青山のホンダ・ウェルカムプラザ
今年はホンダエンジン搭載のレッドブルが好調なのもあって盛況なんだろうなとイベント情報もスルーしておりましたけど、1人でTV観戦より大勢の歓声と共に楽しみたくなってしまった初老さん

無事座席整理券も頂戴して

PV観戦と相成りました。



レース的にはポールスタートのベッテルがスタートミスして全て決まってしまった感があります。
ホンダ的にもスタート直後のマックス・フェルスタッペン選手のクラッシュでドンよりしてしまいましたが、集まっている殆どがレース好きだったらしくてコースで繰り広げられる様々なバトルに歓声が上がり続けて楽しい雰囲気。



現地観戦からしたら残念なスタイルではありますがそれなりに堪能出来ました。
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それでも2連覇おめでとう!


初夏の清々しい札幌から梅雨真っ最中の東京に戻って来て毎日バタバタと働いております。
急用で3泊もしてしまったのでパートの身分的には、その分取り返していかないといけないので頑張って労働に勤しんで来ます。


そんな北海道ツアーのお供はコチラ

RACERS 外伝TOYOTA GT-One
ちょっとでもモータースポーツに興味がある方には有名な一台。昨年、長年の悲願だったLe Mans24時間耐久レースの制覇を果たしたトヨタが1990年代の最期に放ったル・マンチャレンジャー。
タイミング的には今年のル・マンに合わせ2連勝を応援する意味も込めた刊行だったと思われます。


ところが、「RACERS」と言うのは2輪の競技車両をディープに解説してくれる雑誌で今回はその外伝となっています。
2輪の特集本に4輪って…
σ(^_^;)
そんな一冊なんですけど、実は刊行される経緯が中々変わっていて興味深い一冊だったりもします。


で、主役たるTOYOTA GT-One
日本では「TS020」と言う形式名が有名。製作しレース運営したのはトヨタのヨーロッパ法人TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)、デザイナーはアンドレア・デ・コルタンツさん。プジョーのレース部門でラリーやル・マン優勝車をデザインされていてトヨタからの招聘を受けこのモデルをデザインされました。
「詳しくは本書を!」な訳ですが、このコルタンツさん

以前日記に認めたバイク界のオーパーツとも言える「モト・エルフ」の発案者にしてデザインしたご本人であらせられます。
同誌のモト・エルフ特集号にてコルタンツさんがインタビューに応えていらっしゃったんですけど、自身のキャリアを語る際に1番印象的な仕事として挙げたのがこのTOYOTA GT-One。インタビュー中に「是非、TOYOTA GT-Oneの本も作って欲しい」と発言までされていて本誌のきっかけとなっている様です。
クマ的には、少し複雑な感情渦巻く一台です。



当時、耐久レース車両規定にGT1というクラスがありました。
簡単に言うと市販車の改造範囲をとても広くしてコストの低減と参加車両の増加を狙った規定でした。スパルタンなレース車両なのに市販車のイメージを残したデザインの落とし所がクマには絶妙でメーカー関係無く見ていて面白いクラス。
自動車メーカーも興味を示してちょっと面白い事になりそうな期待があったGT-1でしたが、ベース車両の基準を「公道走行可能なモデルが1台あればOK」だった事が災いし、レース用に開発されたクルマに保安部品を取り付けて公道車両に仕立てて規則をすり抜けるメーカーも現れ始めクラスの存在意義が揺らぎ出してしまいました。


そんな時期にクラス消滅のとどめを刺すかのように発表されたのが市販車のイメージを微塵も感じさせないTOYOTA GT-One。

コレが

こう…
ナンバー付けたら公道走れるそうなんですけど…



なんでしょう
満を持して放たれた必殺技が大人気なさ過ぎて一気に正気に戻された感じ
σ^_^;



結果、ファンや関係者から賛否両論様々な意見が寄せられましたが規則的には問題無くル・マン24時間本戦に出場!しましたが、トヨタ会心の一撃、実は出場したレースで一度も勝つ事が出来ませんでした。


なんともトヨタらしいって言うかなんて言うか…
^^;




そんな事もあって、クマ的には微妙一台。
とかなんとか言いながらお台場で実車見かけてバシャバシャ写真撮りまくっていた過去がある初老ミーハーグマだったりもします。


このクルマは、なんと言っても「皆んな大好き片山右京」こと片山右京選手がF1引退直後にドライブしたクルマ。
1999年のレースではトップのクルマを追い回して2位表彰台を獲得。片山選手がこのクルマで見せた活躍が世界的に評価されたのはファンとして胸のすく思いでした。


20年後、見事ル・マンを制したトヨタ。
20年後のクマは相変わらずトヨタ車の勝利よりドライバーの中嶋一貴選手の2連覇に胸を熱くしておりますが…


めでたいよね~!
(≧∀≦)

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